ロッテ期待の若手、大谷輝龍投手が受けたトミー・ジョン手術とは?復活への展望

千葉ロッテマリーンズの期待の若手、大谷輝龍投手がトミー・ジョン手術を受けることになり、ファンからは心配と激励の声が上がっています。

ルーキーイヤーとなった2024年シーズンは、シーズン最終盤の1試合1イニングのみの登板となったものの、登板した試合において「3者連続三振」の好投を見せます。

2025年シーズンの活躍に期待が寄せられている若手の一人でしたが、残念ながらトミー・ジョン手術のため離脱となってしまいます。

このトミー・ジョン手術についてよく耳にしますが、これまでも多くのプロ野球の投手が受けている印象です。

一体、どのような手術なのでしょうか?

以下に、大谷投手の状況や今後の復活への展望、そしてトミー・ジョン手術の詳細についてまとめました。

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目次

大谷輝龍のプロフィール

登録名/本名大谷輝龍
ふりがなおおたにひかる
生年月日2000年07月11日
年齢24歳
身長180cm
体重81kg
出身地石川県
投打右投げ/右打ち
経歴小松大谷高-JFE東日本-伏木海陸運送-富山GRNサンダーバーズ-千葉ロッテ(ドラフト2 ’24~)

参考:千葉ロッテマリーンズ公式ホームページ

ロッテ・大谷輝龍の経歴

大谷投手は、2023年のドラフト2位で千葉ロッテマリーンズに入団した右腕です。

大谷選手は、これまでどのような経歴を歩んできたのでしょうか?これまでの経歴についてまとめてみました。

小松大谷高時代

これまでの経歴は、石川県の小松大谷高では2年秋からエースとして活躍し、甲子園出場経験はなく、3年夏の大会時に名門・星稜高に破れ、県ベスト8の成績を残すものの、すでに球速は147キロをマークしていました。

JFE東日本時代

高校卒業後は、JFE東日本に入社し、野球部に入部。

1年目に球速も150キロまで到達するも、課題の制球面が克服できず、球速も140キロ台前半まで落ち込んでしまうなど、2年で戦力外を受けてしまう形となります。

伏木海陸運送時代

それでも野球を諦められない大谷選手は、高校時代の監督の紹介で、伏木海陸運送に入社し、野球を続けられることに。

一番投げやすいと感じるフォームを確立させ、球速も150キロまで戻すことに成功。

しかし、前職時代からの課題であった制球面を克服することができず、公式戦への出場機会も思うように得ることができませんでした。

そして通常業務についても量が多く、野球と仕事の比率が約半々と、大谷選手にとっては、決して野球に専念できる環境とは言えなかったようです。

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独立リーグ・富山GRNサンダーバーズ時代

写真引用元:Yahoo!ニュース

大谷選手は社会人通算4年目という立場もあり、「1年でプロに入る」と社会人野球での退路を断ち、さらに野球に専念できる独立リーグの道を選ぶことになります。

入団した富山GRNサンダーバーズにおいて、野球に専念できる環境が功を奏したのか、トレーニングにも注力し、球速も最速157キロにまで急成長。常時150キロを切ることがほぼなくなったそうです。

さらにはスライダー、決め球のフォークといった変化球の精度も磨かれ、三振がとれる投手として成長を遂げます。

公式戦での登板も順調に重ね、プロスカウトからも注目を集めるようになります。

千葉ロッテマリーンズ時代

写真引用元:BASEBALL KING

プロ野球界を代表するリリーバー、クローザーを目指していた大谷選手ですが、2023年のドラフト会議にてロッテから2位指名を受け、これまでの苦労が身を結び、念願のプロ入りを果たすことができました。

即戦力投手としてロッテに入団した大谷選手ですが、ルーキーイヤーの2024年シーズンは2軍での鍛錬が続きます。

自慢の直球の質が向上したことを評価され、シーズン最終盤となった10月3日の北海道日本ハムとの試合で、プロ入り初登板を果たします。

0-1の6回に、先頭の水野達稀選手にヒットを打たれるも、水谷瞬選手を152キロストレートで見逃し三振、続く浅間大基選手を130キロのフォークで空振り三振、最後は清宮幸太郎選手を140キロのフォークで空振り三振。

日本ハムの強打者相手に、3者連続三振の痛烈なデビューを果たします。

2024年シーズンは、この1試合1イニングの登板となったものの、翌シーズン以降の活躍に大きな期待が寄せられる投手となりました。

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2025年シーズン前にトミー・ジョン手術

2025年シーズンのさらなる飛躍が期待される大谷選手でしたが、シーズン開幕前に右肘の痛みを訴え、検査の結果、右内側側副靭帯損傷と診断。

そして、3月19日に群馬県内の病院で右肘内側側副靱帯再建術(トミー・ジョン手術)を受けたことが球団から発表されました。

無念の離脱となってしまい、手術を受けた本人が一番つらい想いを感じていることでしょう。

ロッテ・大谷輝龍が受けたトミー・ジョン手術とは

トミー・ジョン手術は、損傷した肘の靭帯を修復する手術で、正式には「尺骨側副靭帯再建術」と呼ばれます。

野球の投球動作は肘に大きな負担がかかり、靭帯を損傷してしまうことがあります。

この手術では、患者自身の他の部位(主に腕や足)から腱を採取し、損傷した靭帯の代わりに移植します。

以下に、トミー・ジョン手術の詳細について記載します。

トミー・ジョン手術の対象となる症状

肘の内側にある「内側側副靭帯」は、野球の投球動作のように、肘に大きな負担がかかる動きをする際に重要な役割を果たしています。

この靭帯が損傷することで、投球時に痛みを感じたり、コントロールが不安定になったりします。

参考:シンセルクリニック

手術の手順

トミージョン手術は、損傷した内側側副靭帯を、他の部位から採取した腱で置き換える手術です。

概ね以下の手順で手術が行われます。

  • 麻酔
    • 全身麻酔で行われることがほとんどです。
  • 靭帯の切除
    • 損傷した靭帯を切除します。
  • 腱の採取と移植
    • 主に前腕にある長掌筋腱(ちょうしょうきんけん)や、場合によっては膝の近くの腱などを採取し、損傷した靭帯の場所に縫い付けます。
  • 固定
    • 手術後は、肘をギプスなどで固定します。
    • 手術時間は、2時間程度です。

引用:シンセルクリニック

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手術後のリハビリテーション

リハビリテーションには根気と努力が必要で、手術後、完全に回復するまでに1年程度の時間が必要になることも考慮しなければなりません。

復帰までの道のりは長く、焦らずにリハビリに取り組む強い意志が求められます。

参考:シンセルクリニック

手術の復帰率

近年では、手術技術やリハビリテーションの進歩により、手術後に以前と変わらないパフォーマンスを発揮することができます。

しかし、以前と同じレベルでの競技復帰となると、多くの時間を要し、研究によると、MLB投手の67%から87%が約15か月で以前と同じレベルに復帰したと報告されています。

参考:シンセルクリニック

過去の主な事例

過去にも多くの野球選手がトミー・ジョン手術を受けています。代表的な例としては、以下の選手です。

  • トミー・ジョン(1974年)※手術名の由来となった選手
  • 松坂大輔(2011年)
  • 藤川球児(2012年)
  • ダルビッシュ有(2015年)
  • 大谷翔平(2018年、2023年)

あの大谷翔平選手も、2回のトミー・ジョン手術を受けているのですね。それなのにメジャーでMVPの成績を残しているのですから、ものすごいタフな体と精神力ですね。

また、ロッテの選手も、同じくトミー・ジョン手術を受けています。

  • 種市篤暉投手
  • 西野勇士投手
  • 岩下大輝投手

いずれの選手も、手術後に復活を果たし、1軍で活躍している選手が多いです。

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ロッテ・大谷輝龍今後の復活への展望

トミー・ジョン手術後のリハビリは、一般的に1年以上の期間を要します。

大谷投手は、これから長いリハビリの道のりを歩むことになりますが、ロッテの種市選手や西野選手も復活し、先発ローテーション投手として現在も活躍しており、同じ大谷性の先輩である大谷翔平選手もメジャーで大活躍しています。

大谷選手も、トミー・ジョン手術から復活し、1軍で活躍することができるはずです。

球団やファンは、大谷投手が再びマウンドで活躍する姿を信じて、温かく見守っています。

まとめ

今回は、ロッテの大谷選手の状況や、これまでの経歴、トミー・ジョン手術に関する情報をまとめてみました。

プロ野球での活躍にかける想いが強い大谷投手ですが、トミー・ジョン手術による無念の離脱となってしまいました。

しかし、この手術を乗り越えることで、先輩選手のように活躍するチャンスが必ず訪れることでしょう。

大谷選手の早期回復と、再び力強いピッチングを見せてくれる日を願い、私たちも応援し続けましょう!

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この記事を書いた人

プロ野球千葉ロッテマリーンズファン歴20年のイッテツです。
ロッテを中心に、プロ野球選手やチーム等に関するお役立ち情報を記事にまとめています。
日々、ロッテの野球中継や速報を見て一喜一憂しており、生活の一部(My Life)となっています。どうぞよろしくお願いします!

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